令和7年度校長日記
3学期始業式
いよいよ一年の締めくくり3学期がスタートしました。
始業式の式辞では、「やり切る」ことの価値について話しました。それぞれの力を出し惜しみすることなく存分に発揮し、物事を中途半端ではなく最後までやり切ることによって、西高生全員が大きな成長を手に入れてほしいと思います。
2学期終業式
12月19日(金)2学期が無事終了しました。
終業式の前に表彰伝達が行われ、約50名の生徒が部活動等の表彰を受けました。
3年生は進路において大きな成果を上げ、2年生は学校の中核として力を発揮し、そして1年生は大学見学などを通して「進路」について強く意識をもてた、各学年それぞれ充実した2学期となりました。
また、球技大会、芸術教室、修学旅行、インターナショナルデーなど、様々な学校行事が行われ、授業以外での様々な経験をとおして、多くの学びを得られたのではないかと思います。
終業式の式辞では、 「環境」の受け止め方について話しました。自分がどんな「環境」に身を置くかは人生を考える上で極めて重要なことですが、同じ環境であってもその受け止め方によって人生は大きく変わる。心地よい環境に越したことはないけれども、その後の長い人生を考えれば、逆境も自分を成長させるためのチャンスとなりうる、といった話でした。
西高が楽しさとともに成長できる環境であることを祈ります。
開校記念式典
式辞
本日ここに、群馬県立前橋西高等学校第43回開校記念式典を、同窓会長 新井 義宗様、PTA会長 内田 美智子様をはじめ、PTA本部役員の皆様のご臨席を賜り、挙行できますことに対し、厚くお礼申しあげます。
本校は、昭和58年、地域の方々からの大きな期待を受けここ清野町の地に開校いたしました。前年の昭和57年11月1日、初代矢口校長を含め四名による開設準備室が高崎北高校内に設置され、以来この日を創立記念日としています。
昭和58年4月、1学年6クラスの普通科高校として開校し、教師と生徒が一丸となって学校作りが進められてきました。
昭和61年には、英語科が新設され、平成元年には、1学年8クラス、合計24クラスの大規模校となりました。当時、英語科の設置は、関東の公立高校では初めての試みでもありました。
平成9年には、英語科が国際科へと学科転換し、英語だけでなく第二外国語として様々な言語の学習が可能となりました。
以後、少子化の影響により時代とともにクラス数は減少し、現在は、普通科と国際科からなる12学級、生徒数462名の学校となっています。
開校時に掲げられた「高い知性、豊かな情操、健全な心身を涵養し、国際社会に貢献する人材を育成する」という教育目標は、多文化共生社会における他者との「つながり」を重んじる現在の本校のスクールポリシーとして脈々と引き継がれています。
単に知識の獲得に留まることなく、それぞれの学びをつなぎあわせることによって目の前の課題を一つ一つ自分の力で解決していく実践的な思考力、また、自分自身と真摯につながりみずからのできることを最後まで粘り強く取り組む精神的な強さ、そして他者とつながるために、自分の考えを自分の言葉で誠実に伝え、同時に相手の考えや立場を理解し受け入れる、広い意味でのコミュニケーション力、これらの「つながる力」は、本校が創立時から大切にしてきた教育活動の根幹をなすものであり、同時にこれからの不確実な未来を生き抜く上で、本校に限らずすべての人々に必要とされる共通の資質であると考えます。
現代社会は、様々な課題を抱えています。地球温暖化や異常気象などの環境問題、貧困や経済格差の拡大といった経済的課題をはじめ、我が国を含めた先進国では少子高齢化が進み、労働力不足や社会保障費の増大が深刻化しています。さらに、国際的な紛争が絶えることがなく、移民問題、感染症拡大など、人々の安全と平和を脅かす要因はむしろ増加しているといえます。
どんなに大きな能力を持ち合わせていたとしても、何事も一人の力でなし得るものは決して大きくありません。これら現代社会の抱える多様な課題を一人の力で解決していくことは不可能です。多くの人と人とがつながり、知恵を出し合い、それぞれの力を合わせることにより、平和で持続可能な社会の実現が可能なものとなります。
平和で持続可能な社会の実現に向けて、今君たちのできること、やらなければならないこと、それは自分を大切にするということです。自分自身を最大限成長させ、望む進路を実現し、自分なりの幸せをつかみ、充実した人生を過ごすことに全力を傾ける。自分自身が笑顔でいられなければ、他人を笑顔にすることはできないからです。自分自身の高校生活を、自分自身の人生を、そして自分という存在をぜひ大切にしてください。
しかし一方で、進路実現、自身の幸せは一つの目標、ゴールではあっても、人生における最終ゴールとは言えません。豊かな人生を送る自分をもって、社会に貢献すること、人生における様々な学びを自分の幸福のためだけでなく、社会全体の幸福のために広く還元することに人生の大きな意義があると考えます。
君たちの人生は、君たちだけのものではない。未来から期待された人生であるということを頭のどこかにとどめておいてほしいと思います。
自身の幸せをつかむと同時に、未来の幸せな社会を構築するために学ぶ、その学びがこの前橋西高校にはあります。
本校では、これからも「つながる」教育を力強く進めていきます。学びをつなぎ、自分自身とつながり、仲間と地域社会とそして世界とつながる、未来を拓く教育です。
本校での学びを通して、多様性に富み、様々な課題を抱える未来の社会において、行動できる「人財」、自分の笑顔をもって世界中の人々を笑顔にできる価値ある「人財」として、大きく成長してほしいと切に願っています。
本日の開校記念式典に際し、西高生一人一人の未来、そして西高生のつくる未来の世界を心から楽しみにするとともに、それに向けた西高生の今後の益々の活躍をおおいに期待して式辞といたします。
令和7年10月31日
群馬県立前橋西高等学校 校長 大島 永
第二回校内授業研究会
6月の第一回に続いて、第二回の先生方による授業研究会が行われました。
代表者の授業を全職員で参観します
参観後は、熱心な授業研究が行われました
わかりやすい授業をめざして、今後も全職員一丸となって研鑽を積んで参ります
2学期始業式
式辞
今日から2学期が始まります。大変暑い、厳しい気候条件にもかかわらず、大きな事件、事故等なくこうやって始業式を迎えることができて大変うれしく思います。
皆さんにとって、この夏休みはどのようなものだったでしょう。楽しい思い出がつくれたでしょうか。
私自身も、この夏休みは大いに休んで、大いに楽しんで、心身ともにリフレッシュできました。そのなかで、夏休み中のふたつの出逢いについて皆さんにお伝えしたいと思います。
一人目は、元本校職員の方との出逢いです。その方は、今から40数年前、本校の創立時に教壇に立たれていた方で、当時のお話をたくさん伺うことができました。この写真を見てください。
生徒玄関の脇にある校歌の石碑です。皆さんも日々目にしていると思いますが、その方はこの石碑の設置にも携わったとのことでした。上から見ると、人と人とが支え合ってまさに漢字の「人」をかたどってつくられたとのことでした。今私たちは、スクールポリシーにおいて他者との「つながり」をキーワードとしてしますが、創立当時から本校はこの人の「つながり」「支え合い」というものを大切にしてきた学校であるということに驚きを覚えました。また、この方は校歌の制作にも携わったとのことでした。この校歌は皆さんも知っているとおり、作詞者は前橋西高校校歌制定委員会となっています。これは、校歌に入れてほしいフレーズ、ワードを当時の在校生全員から募集して、それらをつなぎ併せるかたちでつくられたということを知りました。まさに全校生徒の思いの詰まった校歌なのですね。普段何気なく接している、校歌や石碑に、それぞれこのような深い意味があると知って感慨深いものがありました。
もう一つの出逢いは、ブラジル出身の28歳の現代アーティストのかたとの出逢いです。この写真を見てください。古雑誌のグラフィックと、アートの領域から程遠い既製の金属等を直感に任せて組み合わせて表現する独自のスタイルで注目され、現在はDIESELなどのファッションブランドともコラボして活躍の場を広げられている注目のアーティストのようです。
この方は、ヤビクエンリケユウジさんと言って、本校の2015年の卒業生です。8月の初旬に前橋で個展を開かれ、そのクロージングセレモニーにお邪魔して挨拶をさせていただきました。「自分のような日本語が苦手な生徒にも優しい学校でとても楽しかったです。」と当時を話してくれました。
高校生活は、間違いなく自分自身のためにあるものです。学校の伝統とか歴史とか言われますが、皆さんの学校生活は伝統のためにあるものではありませんし、先輩のために学校生活を送る訳ではありません。ただ一方で、この前橋西高校に思いを寄せてくれた人がいる、みんなの成長を期待してくれている先輩がいる、そんなことを頭の片隅に置いておいても邪魔ではないと思います。そんな見えない存在に思いを馳せることができたら、これまでよりもほんの少しだけ今後の学校生活がより丁寧でそしてより前向きなものになるかもしれません。
いよいよ2学期が始まります。3年生は進路実現に向けた山場を迎えます。2年生は、まさに学校の中心的立場としての自覚が求められ、そして1年生は、将来を見据えた文理選択が待っています。それぞれにとってとても重要な時期です。
すべての西高生が、大切に本校での学校生活を送り、充実した2学期としてくれることを期待して、式辞とします。
令和7年8月28日 会議室にて